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悲しみがとまらない 1983 [音楽]

杏里 悲しみがとまらない 1983 (Single)80年代以降の女性ボーカルの作品を代表する曲…と個人的に思っているのが、杏里の1983年のヒット曲、「悲しみがとまらないです。いつものことですが、“これは個人的な感想です”ので悪しからず(^^) それに、日本人歌手の中ではユーミンと竹内まりやは別格だと思っておりますので、この二人以外の曲でひときわ異彩を放った女性ボーカルの作品という意味です(^^;

センチメンタルな詞の内容なのに、I can’t stop the loneliness という英語使いが上手いので、パンチのある曲にきれいに乗って、勢いのある作品に仕上がっています。作曲・編曲も優れていて、それが巧みな作詞を鮮やかに活かしている良い例だと思います。という訳で、この曲がヒットしたのは当然のことと思うのですが、私は他に2つの理由があってこの曲に惹かれました。その理由のひとつは、レコード会社がフォーライフ・レコードだったことです。

フォーライフ・レコード ロゴマークフォーライフが小室等・吉田拓郎・井上陽水・泉谷しげるの4人によって設立されたレコード会社だということは、フォーク世代の人ならよくご存知だと思います。1975年のことでした。このレーベルと一体不可分のユイ音楽工房という音楽プロダクションもあり、その社名は小室等さんの赤ちゃんの名前(ゆいちゃん)から命名したと聞いていました。学生時代にユイ音楽工房のコンサート会場設営のアルバイトをしたことがあるのですが、そのときの社員スタッフの皆さんが私たち学生アルバイトにとても親切だったことが心に残りました。そんなこともあって、80年代当時、フォークブームが過ぎ去ったとは言え、フォーライフにはがんばってもらいたいという思いがあったのです。

もうひとつ「悲しみがとまらない」に惹かれた理由は、彼女の杏里という名前です。本名ではないそうですが、この名前はフランス語の男性名・アンリ(英語ではヘンリー)から名付けたのではないかと思います。実は、私が全寮制の都立秋川高校で寮に入っていたころ、3年生のとき同室になった同級生にI君という男がいて、彼の名前が安理でした。父親は当時チリの日本大使館に赴任していた外交官で、国際人としてふさわしい名前を子供に付けたいと思って安理と名付けたのだそうです。I君は長髪がよく似合い、カッコ良くて優しい性格の男でした。卒業してからは年賀状のやり取りもしていませんが、彼女の杏里という名前を見たときにI君のことを思い出し、いいネーミングだなと感心した次第です。第一の理由以上に、はなはだ個人的なお話で恐縮です(^^;


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一葉

kosayさん、こんにちは☆
寒い日がつづきますね。私は今期の仕事が一昨日で終り、4月の中旬まで長い春休みに突入しました。

杏里、懐かしいですね。『オリビアを聴きながら』も、よくみんなが飲み屋のカラオケで歌っていました。私にとって70年代の歌曲で忘れ難いのは、リリイの『私は泣いています』です。北京に留学していたころ、深夜になると中波で日本のラジオが入り、そのときリリイの曲が流れ、革命歌曲に馴らされた耳には資本主義の楽曲がなんて「甜密」なのだと感動したのを覚えています。信じ難いことですが、大気の状態が良い時には日本の国内テレビも映ったことがありました。いま、留学生の部屋にはテレビが備えられ、日本のBSをはじめとする世界中の衛星放送を受信することができますが…。

拙ブログ「MAHA TALK」で、万里の長城の紀行を始めました。数年前に取材して雑誌に2年間ほど連載したものを、今年こそは書籍化しようと我が身に鞭打って始めたのです。まず、ブログでラフをつくり、その後で本にしようという算段です。まだ、前書き段階で、これから山海関を起点に、敦煌のむこうの玉門関あたりまでやろうと思っています。興味がありましたら、どうぞ覗いてください。

万葉(まは)が机の上に座り込んでいるので、パソコンの画面が遮られて見えにくいのです。でも、私のいくところにはトイレでもついてくるので、とてもかわいいです。
by 一葉 (2012-01-27 10:38) 

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